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とある瞬間を、覚えておきたくてブログに書いてます。昨夜、奥さんであるヨッシーが夏の疲れを癒しにマッサージを夜8時半に予約。僕はお客さんが来てたということで、4才と1才の娘の面倒を見ながらとある飲み屋へ。飲み屋で普段愚図らない4才のゆうひが鉄板焼きで早くも人差し指を火傷。愚図り始め、お客さんにも迷惑になるということで外へ連れ出したけど、愚図る愚図る。そんな中、歩きはじめた1才のシーちゃんが突然走り出して自分を止められなくなり、顔からダイブ。アスファルトの上で1回転。それを見た4才のゆうひと僕は一目散(いちもくさん)にしーちゃんのところへ。たった1時間半の中で事故2回。4才のゆうひが小さな頃、階段から落ちたり、火傷をしたりしたことで、奥さんに「きおつけてよ」と言っていたことを思い出しました。1日中、子どもを監視している母親は実はひと時も気がぬけません。人は達成感を味わいたい生き物です、しかし、何をやろうとしても子どもがそれを手伝おうとしたり、ほとんどのことが子どもに妨げられます。そのストレスは計り知れないもの。仕事が忙しくて、たまの休みは自分の好きなことをしたい、男の人だって外に出て生計を立てなければいけないのだからとてつもなくストレスだって半端ない。お互いが、お互いのことをゆっくり、考えていかなければそれはそれは、うまくいかなくなるのは当然。何が言いたいかなどではなく、4才のゆうひが火傷で泣いている1才のしーちゃんが顔面からアスファルトへダイブした時に、火傷の痛みさえも忘れて心配しているゆうひと、体を張ってゆうひの痛みを和らげた1才のしーちゃんに何故か涙が出そうになったのだ。お互いがお互いのためとかではなく、たまたまそうなってしまった結果なのだけど、痛みをみんなで分け合うということをこんな、生まれて間も無い子に教えてもらえたような気がして、心が張り裂けそうな時間をもらえた。ゆうひに、火傷した指を痛くなくしてくれてありがとう~~と言ってあげな!と言ったら、「シーちゃん、ありがとう」と言ったゆうひに泣きそうになりました。お母さんは大変。お父さんも大変。お互いの役割分担をたまにはチェンジしたり、それができなかったら、日々の苦労を自ら聞いてみてあげると、お互いの大変さを理解できるのではないかな~~と思えた貴重な1日となりました。これからも痛いたしい子供の姿を何度も何度も見るのだろうけど、そのたびに子供も大人も成長していかなきゃいけないような気がしています。そして危険な事故がないように親として注意していかなければいけません。




久しぶりにブログを、更新してます。

生きていくということに必死になってました。

きっと余裕がなくなるほど無我夢中に、生きていたような気がします。

とてつもなく幸せなことだと思います。

6月は奥さんの父親が亡くなり、死というものに対しても深く考えさせられました。

きっと人はこの世に生まれた以上、生きることを全うしなければいけない。

この世を去ることは誰しも必ず起きるもので、今この世で生きていること自体が奇跡とも言えるのではないかなと思います。

生きていくことは簡単じゃない。

時に悔しくて1人でいたい日もある

時に切なくて1人では耐えられない日もある

時に悲しすぎて1人ですすり泣きする日もある



死後の世界はどうなんだろう?

悲しさや楽しさは感じることができるのだろうか?


この世に生まれた人は例外なく何かを感じとることができる。

もともと本能というシステムに組み込まれている。


本能というものに基づいて生きているのはわかりきっているけど、

感じるということは、この世で生きる中で最も満たされていることなのかもしれない。

1歳になったばかりの二女のシーちゃんを外で抱っこしている時に、雨が降ってきました。

僕はとっさに家に戻ろうと歩いていたら、シーちゃんは片手を挙げ手のひらを広げて雨を感じようよとしていたのを見て、ふと気がついたのです。


三つ子の魂という言葉がありますが、3歳まではまだ神様の手の元にいます。

まだ人を憎んだり邪念がない。

感じるままに育っている。


泣きたいときは思いっきり泣き、楽しい時は思いっきり笑う。


悲しさや苦しみは、正直、辛い。

それを楽しもうとか、そういことではなくて、思いっきり生きていることを実感できる瞬間だということだと思いました。

悔しい思いや切ない思い、悲しい思い。
時にそれは、人を思いっきり好きになり愛したから。

時に自分の壁を越えようと、挑戦したから。




物やお金や、目に見えるものに惑わされますが、きっと、本当に満たされるものはそういうものではなくてカタチじゃないものに、居場所を求めているような気がします。



バリ島へ向かう途中のトランジット中のマレーシアから、久しぶりに独り言させていただきました。


まだまだ旅の途中!!!



1ヶ月10日のバリ島での仕事、そして旅から帰ってきました。たったの一ヶ月とは思えないほど長く、1年くらいいたような気がしています。




ありがたいほどの気付きを、あのバリ島で与えていただきました。


合計で20人以上の人が僕の滞在中にバリ島を訪れました。



これも凄いことだと思います。

自分にはきっと人を集める力があるんだなあ~~と感じました。



言葉では表現できないほどのありえない夕焼け、感じたことのない風の心地良さ、僕にとっては言うことなしのパーフェクトな波。日本人好みの美味しい食べ物。そして気候に合ったビンタン。

それとはウラハラに

毎日がハプニングとトラブル、すれ違い、友達と異国の人と共に仕事をする難しさ、全然わからない土地感と道。のほほ~~んと過ごせる日などなく、あれでも全力で駆け抜けていました。
しかしこの困難は結局自ら望んだもので、誰かにやらされていたものではないということが、僕を動かし続けることができたのだと思います。


自分でやるのか、誰かにやらされているのかは自分にとっては大きな違いがあることにも気付きました。

知らなかった自分自身のこと、余裕がない時に余裕がないことが起こった時のパニックな時の自分。

様々な自分を見ることができました。
今ふと気付いたのですが、
このブログは一体誰に書いてるんでしょうかね!?笑
きっと自分自身に書いてるのだと思います。



今回、このバリ島に行くきっかけを作ってくれた田村徳宏ことノリさん。

そして共に仕事をしました。

そりゃ~~た~~くさん良いことも悪いこともあったのだと思います。



その中で乗り越えていけば乗り越えていくほどなにか見えない糸ががっちり繋がれていくような、それが信頼なのか、信用なのか、自信なのかわからないけど、切れやすい糸が、どんどん切れにくい糸に変わっていったように思います。



その中で自分の気付いた3つのことの一つは
'受け入れる'という大切なことをこの旅で学びました。

なにかが起こった時に、あるいは起きてしまったことを人は疑い、信じず、何故?と、起こってしまったことにたいして中々、事実を受け入れられないことがあります。

僕はそんな経験をバリ島で何度も経験しました。

そして受け入れるということを学びました。

自然の中で起きてしまったこと。
それはもはや受け入れて次に繋げることが一番の策だった。

そして受け入れたことによって、モードが一気に音を立てて変わっていくのを感じました。

そして2つ目に危機感を感じて生きること。
これも五感の再起動としては大切な一貫だとおもいます。


人間以外の動物で危機感を持っていない動物はいるのだろうか?

弱肉強食で生きる動物達は常に死と隣り合わせ。

自分自身が死の危険に合わないように常に危機感をもって生きています。


人間界では、死と隣り合わせのシチュエーションはなかなか無いと思います。

ただ、死なないための危機感ではなく、日常の中でもどれだけ調子が上がり、調子に乗ってしまう時でも、必ず危機感を持って生きていないとしっかりと何者かにあげ足をとられてしまうことを痛感しました。

もともと大雑把、面倒くさがり、楽観的な性格なので、ここに気がつけたのはとんでもない財産となりました。
3つ目はもう思い浮かばないので、これで終わりにしておきます。 頭の中はシンプルが一番ですから、学んだことはこのへんにしておます。笑 

オチがこんなんだと今までの書いたことは全てわすれちゃいますね… 


ま、いっかあ!!!笑


また書きます!!! 












 3つ目



は感謝しかなかったということですね!!!






次は今年の11月に行くので、ぜひ、一緒に!!!



前回のバリ島から帰ってきて3ヶ月。
僕はまたバリ島に来ていた。





一瞬空を見上げた瞬間、今どこにいるんだろうと…

側からみたらすごく羨ましい状態なのかもしれない。

いやいや、すごく恵まれている状態だと思う。

でも、これは自分にとってのスキルを上げ、成長するための挑戦。

全て上手くいくわけない。
むしろ初日からマネーチェンジでおかねをだまし取られました。笑
しかも6000円も。
何回も確認したというのにこのざま!笑
巧妙なテクだった~~
マジシャンとかになれば良いのにな~
笑うしかない。

でも同じ失敗は二度としなくなる。

最初は本当になんでもお金がかかる。

しかし、

自分にとって慣れた環境にいることよりも、バリで過ごす一ヶ月は五感を再起動させることや、ものすごい価値ある勉強になっている。
たった1日というのに。

生きていることを本気で感じられている。

バリの道を知るためにバイクの練習してきました。
既成概念ぶち壊れです。
本当に有難い。


結婚して家族を持ってから約1ヶ月半も離れたことがなかったので、やっぱり相当な不安があった。

死ぬわけでもないし、お別れでもないのに子供と離れるのは、気が狂うほど辛い別れだった。
最後に泣きじゃくるゆうひ。
よほど寂しかったのだろう。


という写真に見えるけど、最後に家族で写真撮ろうとした時に思いっきりこけて大泣きだった。…

役者か!?笑



しかし、自分に嘘をつくこともなく導かれるようにここへ来た。

必ず全て良い方向にいくことを自分の潜在意識は知っている。

夢や目標も片っ端から叶えていきます。

かなりたくさん、僕は抜けてますが、
山中峰喬34歳。男として試されるときです。
ここ3年間は後ろを振り向かず突っ走るので、
よろしくお願いします!

一緒に走りましょう!!!






ps.勇気によって開始し、希望によって継続する。


そう、その通り!



今年の5月で下田に移住して14年の歳月が流れようとしている。

なんだか信じられないな~~。というのが感想かな?笑

波乗りというものに出会って20歳になってすぐにここ、サーフタウン下田にきてしまった。
下田は0歳の頃から毎年夏に来ていて、波乗りを始めた時から
海のきれいさと、この環境に一目惚れしてしまったんですね。


あの時と、今と根本的な部分は変わっていないけど、ローカルやローカリズムという言葉を少し理解できたような気がします。

僕が移住してきて、当時、海は誰のものでもないでしょう!的な気持ちでいたし、外から来た人もよくそんな言葉を耳にしたことがあった。

確かに誰のものでも所有している人もいない。

しかし、


昔からここに住み、昔からここを愛して、昔からここを守り続けてきた人がいることを知った。


僕は今、ここで生きさせていただいている。

こんな環境ははっきり言って、幸せです。

その中で家族もできて、家もここにある。

仕事も遊びも海が中心の生活。



ここで生きていたり、波乗りを続ける以上、最低限、僕を通じて来るビジターには伝えなければいけないことがある。

海にはルールがあります。


分からなくても良いです。

ただ、海は誰のものでもないと思っているのであれば、来てほしくはありません。
そこは最低限のマナーとして捉えていただきたい。

観光業で生きているからと言って、伝えなければいけないものは伝えます。

なぜなら、僕は昔からここにいたわけではない移住してきた目線で言えるからです。


海とその場所を愛して守ってきた人にリスペクトの気持ちを持てないのであれば、
この海にはいる資格はありません。

それは僕も同じです。

ぼくもまだまだ分からないことだらけです。


硬い文章になってしまいましたが、少しでもこのブログを読んでいただいた人に伝われば、光栄です。


読んでいただいき、ありがとうございました!!!





★mine★

Author:★mine★
1980年生まれ
O型
いて座 さるどし 
水星人+  黒ひょう
サーフィン暦15年


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自己紹介
20歳の時にサーフィンと出会ってから、サーフィン依存症に。
きっかけは双子の勇海が鵠沼海岸に連れて行ってくれてから。
初めてボードの上に立った瞬間の、感動を超えたくて、今なお、サーフィンに夢中。今はアマチュアで一番になることと、プロになることを、目標に、伊豆下田を拠点に、毎日サーフィンしています。

夢は将来、'' Endless Summer ''をする事!
一人ではなくて大事な仲間たちと行きたい。
 この世にうまれてきたこと、
僕をいつも支え見守ってくれている人、今まで出会ったすべての人に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 そして本当に楽しいのは、これからなんです。
共に人生を楽しみましょう!!!! 

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